すっぱさの 後に広がる ラズベリー

今週のお題「ホワイトデー」

ホワイトデーの思い出である。
わたしはなかなかませた女の子だったので保育園の頃には好きな男の子がいた。小学校に入学しても、田舎なので新メンバーに男の子は少なく、なんだかんだと一途に好きな人として男の子が設定されていた。設定というのは、じゃあどこが好きだったのかと言われても、よくわからないからである。
バレンタインデーも自転車を走らせ、母と一緒に作ったチョコレートをラッピングして、家まで届けに行った。そんな時ばかりスカートの長さが気になってしまうのは今も変わらない。当時は秋になるといつまで半袖で登校できるか、みたいなひとり勝負をするようなタイプで脚や腕など子どもだしいくらでも出てたのに、スカートの長さとは。

ホワイトデーは無事にお返しをもらえた。学校が終わり、ばあちゃんは畑に行ってて、わたしはどこかからでてきたキーボードを鳴らして遊んでいた。ちなみにピアノは習っていないのでガチで鳴らして遊んでいただけである。それと夕刻だったのでタイミングを逃して電気をつけ忘れた座敷は薄暗かったと思う。そんなメロディーにもならない音が流れる山の中の家にホワイトデーのお返しを持ってきた彼はなかなかの精神の持ち主だったのではないだろうか。

もらったのはあめとぐみ。変なところで一途なわたしは、それからコンビニでおやつを買ってもらえるとなると、きまってホワイトデーのお返しとおんなじピュレグミを買っていた。あのすっぱさの後にくるあまみがたまらない。こうやって恋をすると新しいわたしが作られていく。今も同じ。好きな人の好きなものを好きになる。好きな人がくれたものを好きになる。それがいつのまにかわたしになる。これがたぶん最初だったのかもしれない。